- 参加作家連載2017:yuta 須原健夫
- 2017.11.07 Tuesday | 連載記事:ごちそう | posted by くらしのこと市 |
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yuta 須原健夫
http://www.kurakoto.com/c112.html
蜜柑が在りました。
白い筋を纏った、ありのままの蜜柑です。
今日は私がこの蜜柑に感じた、不思議な想いについて少しお話をしようと思います。
「もっといっぱいになるように詰めてよ」
その日、私は妻に対するちょっとした不満を口にしていました。
私達の家庭は共働きです。
忙しい日々を円滑かつ円満に過ごす為に家事に子育てにとそれぞれの役割分担がはっきりと分かれていて、その中でお弁当係は妻が担当してくれていました。
毎日夜遅くまで働き詰めの妻ですが、帰宅前にスーパーでお惣菜を買ってきてくれます。
それを寝る前に、時には卵焼きなども焼いてお弁当箱に詰めてくれるのですが、そんな妻に対して不満とは何事でしょうか。
もちろん、もっといっぱいになるように詰めてよと言っても、量が足りないわけではありません。
お弁当の詰め方が少々雑なのです。隙間だらけでおかずがあっちに行ったりこっちに行ったりして美味しそうに見えない。
せっかく作ってくれているのに、これではせっかく費やした時間も労力も勿体無いじゃないか。
そんなことを思い、いつからか詰め方について意見を言うことが増えていました。
「レタスとかで隙間を埋めるとか、一回り小さいお弁当箱にするとか…」
そんな時はピシャリと言われます。
「そのひと手間が大変なの!」
そう言われると、返す言葉がありません。
忙しい中、お弁当を作ってくれているだけでも本当にありがたいのですから。
そんな日々がしばらく続いたある日のこと。
その日も仕事を切り上げ、昼食の時間となりました。
お弁当を開けた瞬間、心に訪れるであろう、台風の後の街角を見るような何とも言えない寂しさを覚悟しつつ私は蓋を持ち上げました。
驚きました。
ぎゅっとお弁当箱いっぱいにおかずが入っています。
なんだか懐かしいな。
私の心は遠足の時にお弁当を開けた時のようなわくわくを思い出していました。
いつもとお弁当箱の大きさは同じだけど、ではどうやって隙間を埋めたんだろう。
そう思って目を走らせると、端の方に見慣れない景色がありました。
シリコンでできたカップの中にある、白くて大きなもの。そう、蜜柑です。
私はつい吹き出してしまいました。
それは厚皮こそ剥いてありますが、薄皮どころか白い筋もついたままで、一個まるごとドシン!と入っています。
その姿はなんだかとても滑稽で、けれどとても愛おしく思いました。
きっとお弁当の隙間を埋めようと妻なりに頑張って考えてくれたんだな。
私は薄皮付きの蜜柑を、生まれて初めて箸を使って食べました。
ひどく違和感があって、また笑ってしまいました。
ごちそうさまでした。
贅沢でも丁寧ですら無いけれど、私にとってそのお弁当は確かにご馳走でした。
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公式ウェブサイト http://www.kurakoto.com/
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開催日:2017年11月25日(土)26日(日)
場所:木藝舎Sato http://www.mokugeisya.com/cafeeventspace/