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第二回くらしのこと市ルポ:前編


「第二回くらしのこと市ルポ:前編」


このルポは、以前、前・後編に分けて掲載された「くらしのこと市(以下→くらこと)ドキュメント」の流れを汲むものだ。

僕はその中で、くらことに関わるスタッフが、前向きに変化しようといるその様を追い、その姿を通じて「変わることによって新しい未来に入ることが出来る」といったような考えに至った。


さて、僕は何が変わったのだろう?

まず、大きかったのは、その記事を通じて、自分の考えを遠慮なくスタッフに伝えたことだ。

例えば僕は、前回のくらことを通じて、自分の生活が変わったかといったら「それはない」と書いた。

そういったことを率直に書くのは、僕の最も苦手とするところだった。

他人に遠慮をし、物事を薄くまとめてしまう。そういう側面があった。

その枠を超えることが出来たのが、「くらことドキュメント・前編」だった。


枠を超えることが出来たきっかけは、スタッフにあった。

スタッフが取材を通じて、率直に、自分の内面まで語ってくれたこと。その信頼が嬉しかった。だから僕も枠を外せたのだと、今に思う。


前編を読んで、あるスタッフが僕個人宛てにメールをくれた。

「うえおかさんの考えを直接聞くのでなく、後になって記事を通じて聞いたのが、正直寂しかった」と。

僕はそれに対して詫びを入れ、そしてその原因が、自分の内面の弱さにあることを率直に打ち明けた。

それに対してまた返信を貰った。今回、僕が記事を起こすことによって、こんなリアクションがスタッフから返ってくるとは思わなかったので、正直とても嬉しかった。

僕は、そんな風にして僕なりに今回の「ルポ」の準備を行ったのかもしれない。



スタッフみなが身体で「つくること」を共有・体験しながら実現されたのが、今回の「くらこと」だと僕は感じている。そこが前回との大きな違いだと、主宰者の名倉くんも語っている。


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「くらことの進める上で、今回気を使ったのは、スタッフが作家さんの気持ちに寄り添えるよう、自らが「つくること」を「楽しむこと」。開催前に、ワークショップ形式でサンドイッチやおにぎりをつくったり(【サンドウィッチ】【おにぎり】)、秋の色とりどりの枯葉を使って

遊びを取り入れた。こういったことは護国神社のARTS&CRAFT静岡にはない過程」


ワークショップを行うことによって、スタッフたちは様々なものを「形にする」という過程を楽しんで、それが自信や結果につながればというのが、今回名倉くんの狙いらしい。狙い?と言っては大袈裟。単純に彼自身、それがやりたかったし、楽しいからだろうと僕は思った。以前、名倉くんはこんなことも僕に漏らしていた。


「今まで言葉で何かを教わるっていうことをしてこなかったし、なんでも見りゃわかるじゃん?って思うから。教えられることを必要だと思ったこともないんだけど、それ故に自分の文脈でしか伝えることが出来ないんだよね。でも、今はそれじゃいけないと思っていて、今回ああいったワークショップの形式をとった。言葉で伝えるのではない方法を通じて、企画力とか、イベントをつくる上での天井を上げるきっかけになればと思ったし、場をつくる僕らにとってそれが必要なことだと思ってる…」


それは「真剣な遊び」みたいなものだよね?と僕が問いを投げると、


「そう、真剣な遊び。真剣なだけだと白けるから、遊び心が大切だなって思う」


と言って笑った。


名倉くんとのインタビューを収録したのは、当日朝五時半。録音されたテープレコーダーからは、遠くにカラスたちの鳴き声が響いていた。吐く息も白かったのも、鮮明に覚えている。


僕の睡眠時間は一時間半。何故なら、夜更け3時半まで焼き物の作家さんたちと残り、前夜祭の三次会をしていたからだ。名倉くんは言う。



「前夜祭は単純に楽しかった(笑)。前夜祭じゃなければ話せなかったこともあるだろうし。例えば、たまたま焼き物の作家さんが火のまわりに集まって話しをしたんだけど、それぞれものをつくることに対して、釉薬のことだったり、産地の土のことだったり、作家さんならではの話が交わされてて、その話の半分くらいしかわかってないと思うのだけど、そういう話しが聞けたのが楽しかった。前夜祭という形から一旦解散して、二次会になって、お酒を飲みながら炎を囲んで、そういう形じゃなきゃ話せなかったことが、きっとある気がするんだよね。それが前夜祭の醍醐味だったと思います」


前夜祭。はじめはみな、互いに対して気遣いのような固さがあったように思う。それを足久保の静かな夜の闇だったり、焚き火の炎だったりが、徐々に溶かし、互いに打ち解け合うようになっていった。バーベキューというアクションも良かったのかもしれない。少人数だけど、二次会、三次会と炎を囲めたのが良かったし、嬉しかった。



くらことの朝は早い。今回、カフェスタッフを務める川手さんは既にこの時間に起き、3つのガスコンロに火を点け、土鍋でご飯を炊きはじめていた。


「寒いですね」


「寒いです」


という他愛のない挨拶を交わしつつ、みんなが寝静まったその場所で土鍋の番をする川手さん。これからこれらのご飯は、作家さん用のおにぎりになる。


六時。誰かの目覚ましが鳴ると、そこに寝ていた作家さんたちがきびきびと次から次へ起きはじめる。その動きの速さが印象に残る。作家さんたちは、素早く身支度を整え、それぞれのブースをつくるための作業に向かう。


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そして午前10時、第二回くらしのこと市開催。すでに10時前からお客さんもちらほらと入り始めている。木藝舎・Satoの入口には、スタッフの藤本さんが制作、木藝舎で出た廃材を使って「くらしのこと」の字を模った、大きな看板があった。


入口を入ってすぐの直線に、器の作家さんのブースが10組近く並ぶ。

器は日差しを気にしないからだろうか?誰もテントを張っていないのが目に付く。

青空に良く栄えるブースの配置が印象的だった。

逆に、その直線をカーブしたところに展開する、木工や布物のブースたちは、みんなテントを張っていた。

テントのある、なしで景色が変わる。とてもいい切り替えだと思った。



僕はまず、器の作家さん、たなかのりこさんにお話しを伺った。



「くらことに出てみて?すごい楽しいです。ARTS&CRAFT静岡に比べてブース数が少ないのもあかもしれないですけど、ギュッと密な感じがあってこれもいいなと思います。人数が絞られているので、ほとんどの作家さんとお話しが出来て、楽しかったです」


たなかさんは器と食事の関係性を大切にしていると思うのですけど。


「器って付属と言えば付属。ご飯の中身は変わらない。でも、お気に入りの器を見付けて使うことによって、ご飯の時間が楽しくなるというか、すごく豊かなことだなって。そういう風に使って頂ける器をつくりたいなと思って。自分も日々バタバタと忙しくしていても、そういう食卓を心掛けてつくるようにしています。私、お酒飲むのも好きで、夕方くらいから今夜はワインだから、料理はこの器だなとか考えるのも楽しみです」


たなかさんの言っていたように、くらことの特色は厳選された作家さんの数にあると思う。僕は、今回、名倉くんから、「半分お客さん目線・半分ドキュメント」というスタイルでこのルポを書くよう依頼を受けた。

だから、ライターの名刺を見せる前に、お客さんとして作家さんの各ブースを回らせて頂いた。

ARTS&CRAFT静岡でもそうだが、今回のくらことでより印象に残ったのは、作家さんとの対話の密度、長さのようなものだ。

どの作家さんも積極的にお客である僕と対話をしようと話しを投げ掛けてくるし、また、作品に対する説明もじっくりと時間を掛けて行ってくれた。

ARTS&CRAFT静岡では、ライターとして作家さんに関わることが多かったが、今回はその前のいちお客として作家さんと素のまま話した。

そこで、普段作家さんはこんな風にお客さんに接しているのか、という部分も感じられたし、今回のくらことのコンセプトが「つくり手と使い手がつながり、くらしより良く」というところもあるので、各作家さんもそれを意識してくれているのだろう、とも読むことが出来た。そして単純に、作家さんとの対話は楽しかった。



「こだわりと言っていいのかどうか?ただ自分で信じてやっているというか……」



…と、話しはじめてくださったのは、金工の作家、羽生直記さんだ。

羽生さんはなんでも、鉄をある形へと変化させるのに熱を使わずに、ひたすら叩いてそれを成形するというのだ。鉄は熱を一度通すと、鉄を形成する組織が緩んで柔らかくなる、そしてそれを金づちなどで打ち締めると硬くなる。羽生さんは、より硬いものをと考え、熱を入れることをしないで、冷えた状態で叩くことをしている。


「でも、僕のこのやり方が正しいのか、結果が出るのは、10年、20年って使って頂いた後になるんですけどね」


そう言って羽生さんは笑みを浮かべた。そもそもこの手法を取るきっかけになったのは、はじめは炉で熱する方法を取り成形していたのだが、それが同じ手法を取っている誰かの作品の形に似ていると感じたからであったという。ならば違う手法で、形を整え、と試したところ、なんとなく自分の思い描いた形に至ったのだという。


「くらしの中では、散歩を大切にしています。周りの環境も良く、湖などもあるので、ゴミを拾って持って帰ったり、何かに使えないかな?って(笑)」


羽生さんがくらことと関わることでくらしに影響を受けた部分は?


「くらしって何だろう?明確な答えは出ないんですけど、考えるきっかけになりました」


前回僕はくらことにお客さんとして遊びに行ったけれど、くらことからは何らその後のくらしに対する影響は受けなかったと、「くらことドキュメント」の記事で書いた。

今回はどうだろうか?

羽生さん同様、大きかったのは、今回のくらことが、くらしのことを考える「きっかけ」になったことなのかもしれないと思った。これこれこういうくらしをした方が良いよ、という具体的な何かを指し示す答えのようなものではなく、スタッフと作家さんがつくり上げたくらことという「くらしの縮図」を通じて、問題を持ち帰り、それを自分に還元する場なのかもしれない。そんなことを今に思う。

これはすごく当たり前のことなのだけど、そこからが変化だと思うから。



次にお話しを伺ったのは、器の作家さん、池田大介さんだ。



「こんなところに人来るのかな?と思ったんですけど、人が結構入って良かったです」


と語る池田さん。彼の器は、三島手という技法が凝られさているのが特徴的だった。


「三島手って技法は、三島大社が出している三島暦の模様に似ているから来ているという説があります。別名、暦手」


器の中心から外側に掛けて、放射状に、細い線が幾百と広がっていく。暦の模様に似ているというだけあってか、静かで重量感のある器に僕は感じた。


「今回、カフェで僕の器も使って頂くんです。そんな風に、使ってる景色がイメージがしやすいのがいいですね」


くらことに何か要望があれば?


「もっと色々な機会があったら良かった。例えば、ARTS&CRAFT静岡の小屋の企画。あれも特定の人だけでなく、参加者全体で共有できる何かがあれば良かったと思いました」


参加者全体で共有できる企画。それがあれば、作家さん同士の結び付きも強まるし、また互いを知るいいきっかけにもなるだろうと思った。

手創り市は、「市」である。市であるからこその、他との対比や、つながりが、その作家さんに影響を与え、成長につなげるヒントを浮かび上がらせる可能性は大きい。

つくり手同士が、切磋琢磨し合うことは、良い事だと僕は思うし、そのきっかけにこの場がなれば尚のことだ。



次のお話しを伺ったのは、家族連れで来ていた男性のお客さんだ。


「この先でやっていたお茶祭で、ここでのイベントを教えて頂いて」


「くらしのこと市」は、このイベントを通じて、何かお客さんのくらし向きに良い変化があれば、というコンセプトもあるのですが。その点では何か?


「まだ買ってはいないんですけど、これひとつあったら、食卓が変わるかなと思うものがいくつかあって。それが嬉しいですね」


「あと、この足久保の環境はとてもいいですね」


ありがとうございました。


器ひとつで食卓の景色が変わる。僕がくらしにおいて意識していることの一つに、「物の存在感」がある。その物を、部屋のどこにどう置くか。またその物をどんな時にどう使うかで、環境や気分に与える影響について考えることがある。

このお客さんは、どんな器を買い、今頃どんな食卓を囲んでいるのだろう? その時、「この器は、くらしのこと市で買ったんだったよね」などの会話が弾み、Satoの空気や、この日の思い出もセットで浮かび上がればいいな、と今に思う。


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11時を迎え「くらしのことカフェ」がオープンした。11時過ぎにそこに訪れると席はすでに満席状態。

新しいお客さんがカフェの入口に現れるたびに「満席なんです」と返される景色が目を引いた。そこが惜しいと思った。

カフェスペースの隣には、作家さんから飯碗を集めた「飯碗展」があり、その手前には、くらしにもとずく古本を集めた「くらしのBOOKS」のコーナーがあった。

僕はお客さんの動線を見ていたが、カフェからこの二つのコーナーに流れて来るお客さんが少ないと感じた。

もし、カフェスタッフが一言、この二つのコーナーにお客さんを誘導するようアナウンスしたら、そのお客さんの動きにも変化があったのでは、と思った。


一方、カフェの前の休憩所に人がギュッと溜まっている景色はいいものだった。

そして、そこにある砂山やツリーハウスを子供たちが上手に遊び場に変えているのも微笑ましかった。これはSatoという環境ならではのことだと思った。


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(後編へつづく…)



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